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大阪日日新聞の記事「大胆細心 町田樹」
JUGEMテーマ:フィギュアスケート

はい、お約束のまっちー記事(備忘用)です。

大阪日日新聞さんは、フィギュアスケート企画として良いコラムを書いてくれています。
とても選手に心を寄せた、あたたかく心強い記事です。
アーカイブには、刑事くんや大ちゃんについてのコラムもあるので、よかったらどうぞ。
http://www.nnn.co.jp/dainichi/rensai/skate/140121/20140121025.html


これを読み返すたびに、まっちーの今シーズンの本気度に胸を打たれるし
そんな命をかけた真剣勝負を、まっちーに目をつけたおかげで1シーズン見守ることができたことに感謝をおぼえます。
(昨シーズンのゆづる君もそうだったけど ^^)
そして、全日本前の倒れたくだりを読んでしまうと
全日本の演技を見返した時に、「この2日前にはあんな状態だったんだね〜」と思ってしまい
毎回泣けるという(笑)

いやー、まっちーがここまでになるというのも想定外だったけど
自分がここまでまっちーにハマるというのも、超想定外だったわ〜(爆)


・・・ということで。

昨季の大敗 原動力に

関大の壮行会で高橋大輔(右)とともにメダル獲得を誓う町田樹

 「第82回全日本選手権」で総合2位(ショート2位・フリー2位)になり、ソチ五輪の出場権を射止めた町田樹(関大)。今回は五輪に向けて闘志を燃やす町田をクローズアップし、大西勝敬コーチの話を交え、3回で連載する。(黒尾順子=文、写真)
 

 町田にとって、ソチ五輪出場決定までの日々は「自分に打ち勝つための戦い」だった。火が付いたのは2012年の全日本選手権。総合9位に終わった町田は、自分を見失ってしまう。「このまま続ける意味はあるのか」苦悩は深かった。
 

 続けるか、やめるか。スケートを始めて20年の節目を前に、今こそ自分を見つめるべきだと自問自答を繰り返した。そして、一つの思いに行き着く。「死ぬ気で五輪に挑戦しよう」。3歳から続けたフィギュアスケート。ここで諦めたら、すべての時間が台無しになる。生涯、後悔もするだろう。五輪代表を争うシーズンに自分のスケートを出しきりたい。そう決心したとき、闘志がよみがえった。
 

 固い意志を示すかのように、町田は頭を丸めた。「なんとしても出場チケットを獲得する」という五輪への思いの強さがあふれていた。「大敗がなければ今の自分はなかった。もし、あの全日本で表彰台に上がっていたら、100%五輪選手にはなれなかったと思う」と町田は断言する。どん底を味わい、はい上がって身に付けたハングリー精神があったからこそ、勝負のシーズンを駆け抜けられた。「生半可な決心では達成できなかった。それほど、この代表レースはし烈で過酷。おそらくフィギュアスケート史上、最難関だったと思う」
 

 今季の町田を支えてきたのは、9歳から指導を受けた秦安曇氏、11年から師事したアンソニー・リュウ氏に加え、今季から練習拠点となった臨海スポーツセンター(大阪府高石市)の大西勝敬氏の3人のコーチ。最大の理解者である秦氏、豊富な経験を持つアンソニー氏、基礎練習を徹底する大西氏と、バランスのとれた指導で町田をサポートしてきた。
 

 体制に変化があったのは、全日本選手権が終わってからだ。「14年からはコーチを1人に絞りたい」。大西コーチと二人三脚で歩んでいくことを決めた。「甘えをなくすために必要な決断だった」と町田は言い切る。一念を貫くその目に、なみなみならぬ決意が浮かんだ。
 

 町田は五輪でメダルを目指す。「真剣に取りにいく。うまくいけば取れると思う」と自信をのぞかせる。「出るからには金を狙います。可能か否かじゃなくて、本気で取ろうとする気持ちが大事」と。大胆で動じない発言は血の出るような努力の証し。強い気持ちを持ち続けることが町田の基幹となっている。
 

 町田哲学が生まれたのは12年の秋ごろ。ジョン・スタインベック著の「エデンの東」のなかにある「ティムシェル(道は自分で切り開く)」という言葉に感銘を受け、勝負の年に徹底して「ティムシェル」を体現してきた。町田の戦いはすべてこの一本の線の上にあり、どんなときも少しのブレも見せなかった。

 

逆境の中 五輪つかむ

ソチ五輪での活躍を誓う町田樹

 グランプリ(GP)シリーズ初戦のアメリカ大会では、公式練習中に靴のホックが壊れるというアクシデントに見舞われながら他を圧倒。2戦目のロシア大会では直前にジャンプの調子を大きく落としたが、出発ぎりぎりまで調整に注力し、優勝を果たした。
 

 12月のGPファイナルでは、ショートプログラム冒頭の4回転+3回転のコンビネーションジャンプミスから生じた規定違反とタイムオーバーの減点から、自己ベストより30点近く低い65・66点で6位と出遅れる。だが、フリーで4位に追い上げて存在を示した。このとき表彰台に上がったのが優勝の羽生結弦と3位の織田信成の代表を争うライバル2人だった。
 

 闘争心に火が付いた町田は全日本選手権を前に猛練習を続け、自分を追い込んだ。異変が起こったのは大会2日前。心身の極度の疲労からついに倒れてしまう。「朝起きたら動けなかった。体がパンパンにむくみ、箸が握れないほど力が入らない状態だった」。
 

 そのとき、町田は五輪代表という目標を諦めかけたという。思いとどめたのは、死ぬ気でやってきた努力の足跡だった。「今、諦めたら元も子もなくなってしまう」。町田自身、全日本選手権の意味は十分に理解していた。表彰台に乗らなければ、おそらく代表はない。五輪に行きたい。その一心で起き上がり、地べたにはいつくばるようにして大西コーチのもとに向かった。「すぐに車に乗せられ山川智之先生に診てもらったんです。その治療でやっと動けるようになりました」
 

 試練はほかにもあった。直前の練習で右靴が壊れ、新しい物に取り換えた負担だ。本来、スケート靴は一定の時間をかけて少しずつ自分の足に慣らしていくものだが、その時間はなかった。逆境を抱え、町田は一世一代の勝負に臨んだ。そして代表を勝ち取った。「今、全日本のときのことを思い出すとぞっとするんですよ。どうしてやれたのか、それもよく覚えていない」と町田は話す。会心のショート、運命を決めたフリーの熱演の記憶も薄いというのだ。そして、勝利さえも自分の力だけではないと。「今季はスケートの神様が味方してくれているような気がします。不思議な力とまわりのサポートがいつも僕を支えてくれた」
 

 正月は例年通り、祖父母の待つ鳥取で迎えた。三朝温泉の湯に漬かり心身を癒やした。「鳥取は、世界中で唯一気持ちを解放できる場所なんです」。反射的に尋ねる。「ほかの場所は」と。答えはすぐに返ってきた。「僕にとってほかの地はどこも厳しい場所。よろいを身に付けなければ決して生きていけない」と。町田の走り続ける道がどんなに過酷なものなのかを、その言葉一つで教えてくれた。
 

 早朝練習、通学、夜間の練習、そして勉強。町田は毎日、それをきっちりこなすことに細心を払う。「今日も千里山キャンパス(関大)で試験を受けてきたんですよ。今からリンク(臨海スポーツセンター)に行って午後の練習です」。代表が決定した後も生活スタイルを変えようとしない。「ティムシェルを『エデンの東』を演じるだけで体現してきたのではない。僕の生き方そのものだから、五輪に行けることになった今でも同じことをしていくだけ。練習だけするのは僕の流儀じゃない」と、どこまでも自分の哲学に忠実であろうとする。いや、忠実であるからこそ“町田樹”なのだ。
 

 「五輪では演技を通して僕の思いを伝えたい。みなさんに見守ってほしい」。熱く話す23歳は、ソチでの舞いに願いを込める。

 

深い信頼寄せ合う師弟

町田とともにソチ五輪に帯同する大西勝敬コーチ

 指導者としての血が騒いだ。さいたまスーパーアリーナリンクサイド。町田を夢中で見守りながら、自然と胸が熱くなった。「長年、コーチ業というものをしてきたが、こういう大勝負に向かう気持ちは久しぶりだった」。全日本選手権での思いを大西勝敬コーチはそう話し、「町田君の夢をかなえ、一つの大役を果たすことができた」と安堵(あんど)の表情を浮かべる。
 

 「フィギュアスケートの基礎を習いたい」。町田が大西コーチの門をたたいたのは2013年の2月で、本格的に始動したのは4月。町田との師弟関係はまだ1年にも満たない。当初、町田のことを「器用でうまいけれど、淡泊な選手」と感じた大西コーチ。しかし、時間とともにその印象はみるみる変わっていった。「むしろ、不器用で濃い選手やね」。当時、大きな壁にぶつかっていた町田が、大西コーチのもとで急速に成長を遂げたことがうかがえるエピソードだ。
 

 手応えをつかんだのは9月だった。「コンパルソリーのサークル(円)を描いているときに『自分のなかで腰が止まるのが分かるようになりました』とうれしそうに言ってきたんです。体幹が自分の位置で分かるようになったとね」。その後、町田のジャンプ全般は目に見えて安定していった。「それからまた、スケーティングの理論を説明したりすると、すぐに上達していく。その変化にこちらのほうが驚いた」。思う存分コーチングの腕を振るい、シーズンを通した躍進を支えてきた。
 

 当初、「できればあと1年ほしかった」と思った指導期間。それでも結果として五輪に間に合った。「それは町田君の性格、真面目さがあったからこそ」と断言し、「とにかく彼は真面目なんですよ」と目を細める。人生の大半をフィギュアスケートにささげ、指導者としても名をはせる大西コーチは今、町田と歩む道を心から楽しんでいるという。
 

 教え子を五輪に送るのは今回で2度目。最初は1988年のカルガリー五輪に加納誠と臨んだ(17位)。「あのときは地に足が付かないところがあった。その経験を生かし、五輪のムードにのみこまれず、しっかりと挑んでいきたい。町田君ならできる」と太鼓判を押す。「勝負はショートプログラム。そしてフリーでくらいついていければ」と勝算を見込む。「そのためにも一流の練習、といってもやることは基本。それとジャンプ、スピン、ステップの一つ一つに気を抜かない細心を教えるというよりも伝えたい。あとは余計に気負わないようにメンタル面でもサポートしていきたい」と万全の準備を整える構えだ。
 

 町田の練習拠点、臨海スポーツセンターは現在改修工事が開始され、懸案だった耐震工事も15年には完了の予定だ。そこから大阪府の指定管理期間5年2期の10年を存続、つまり25年までの12年間の運営は決定している。「町田君が五輪に出場することで、臨海スポーツセンターの存在をまたアピールできてうれしい。それもこれも皆さんの協力があってのことなので、感謝の気持ちも伝えられたら」と、同センターのチーフコーチでもある立場から声を震わせる。
 

 「町田君の活躍を見て、子どもたちが五輪を目指したり、フィギュアスケートでなくてもいろいろ競技に携わってくれることを願っています」と夢も広がる。開会式まで2週間余り。深い信頼を寄せ合う師弟が、いよいよソチに歩を進める。

                          【終】


『当初「器用だけど淡泊な選手」と思っていた』という大西コーチの話。
7月の同コラム「一意専心 町田樹」の中で、たしかにそう言っています。
まだこの頃は、大西コーチもまっちーを掴みきれていなかったし
ショートプログラムも「謎」とされていた。なつかしいですな。

「むしろ不器用で濃い選手」 
そうだね。そっちが正しいね、きっと(^^) 


 

| フィギュアスケート | 21:25 | comments(5) | trackbacks(0) | pookmark |
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コメント
観世さんこんばんわ

 4大陸の真っ最中ですがライストがブラックアウトしてしまいました。後はリゾルト観戦。

 まっちー、全日本の前体調を崩したのは知っていましたがここまでとは。一歩間違えば死んでいたかもしれませんよ冗談じゃなくて。すごい。
 この時期にふつーに大学行っているというのもびっくり。
 隣スポの存続問題も思い出した。存続させたいなら金を集めろという無理難題に関係者が頭を抱えている時に匿名の寄付があって。あれがなかったらまっちーのソチもなかったのかもしれないね・・・。

 私だって、ゆづるくん(とフィギュアスケート)にここまでのめりこむとは思いませんでした。今までにない選手だとは思ったけど力量以上のことをしようとしてへろへろになる選手は嫌いだったのよ、それなのにまあなんということでしょうw

 今日、international figureskateing(つづり違うかも)を
読めもしないのに買ってきました。マッチーの写真も載っていました!
 

| よのにょ | 2014/01/24 9:06 PM |
> よのにょ さま

まあ、ブラックアウト! これからという時に!!
私は今回はもっぱらオンリザです。

そうなんですよ〜。
まっちー、死んでたかもしれないんですよw
全日本後にこのことを知って、愕然としました。
去年の世界選手権の時のゆづる君にも呆れましたけど
ホント、フィギュア選手ってアタマオカシイ(笑)

それでなぜあそこまでの演技が全日本でできたのか、不思議です。
本人も言ってますが、何かが彼に味方してくれたのかもしれません。
そしてこれほど苦しんだからこそ
ソチでは本当に自由に舞ってほしいと思うんです。

大学に行ってるのもすごいですよね。

ぜひそんなまっちーの応援を、よのにょさんもよろしくお願いしまーす!


ちょっとちょっと!むら君金メダルかもですよっ!!(あと2人現在)
| 観世 | 2014/01/24 10:23 PM |
ですね ワンツーフィニッシュ!

刑事君は残念でしたが、きっと課題を見つけて頑張ってくれると思います。
さあ、いよいよソチだ!

| よのにょ | 2014/01/24 10:48 PM |
ご無沙汰してます、今年も宜しくお願いします〜

素敵な記事をどうも有難うございます。
全日本後に、靴を変えたことや2,3日前に倒れたことを読んではいたのですが、短めの記事だったので。
ますます、町田君を応援したくなりました。

モーグルの伊藤みきさんもですが、アスリートの五輪にかける想いって並々ならないものがあるんでしょうね。

「むしろ不器用で濃い選手」
本当にそう思います。決して器用そうには見えないですもん。
五輪でも頑張ってほしいですね。
| 空色羊 | 2014/02/01 12:40 PM |
> 空色羊 さま

お久しぶりです!

町田選手は、今いろんな特集が組まれていますが(関西限定がほとんどですが)
見れば見るほど魅力的な人です。
今まで知らなかったのですが、本当に努力を重ね、愚直にやってきた人なんですよ。
その分深くて、おもしろいですよ。

大ちゃんやゆづる君もこれくらい情報が出てきたらいいんですけど・・・。
彼らや真央ちゃんは、金メダルの期待が重そうですよね。
(おもに煽りによるものかとも思いますけど)
彼らもオリンピックを存分に楽しめるようにと願うばかりです。

空色羊さんとこの、ロミジュリの軌道を見て、目が点になりました(笑)
着眼点がすばらしすぎる!そしてレベルが高すぎる!
私のようなミーハーとは違う〜〜(^^;)
記事、楽しみにしてますので♪

| 観世 | 2014/02/01 7:41 PM |
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