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1/18 臨スポ壮行会時 町田樹インタビュー
JUGEMテーマ:フィギュアスケート


またか!(笑) またまっちー語録か!!

ハイ、すいません。私の備忘録なんで許してください。

昨日行われた、臨海スポーツセンターでのあいさつとインタビュー全文です。
ブームスポーツさんのブログから転載しています。
ブースポさん、インタビュー全文のアップ、いつもありがとうございます。

今回は、まっちーの苦労とか、感謝やがんばろうという気持ち、
他にもスケートに関することもけっこう細かく話しています。
本当に強いし、大人な人だな〜と、あらためて感心しました。

読めば読むほど、インタビューを聞けば聞くほど
本当にソチに行けてよかったね!と、思わずにはいられません。
よくぞ切符を勝ち取ったと思います。尊敬します。



では長いので畳みます。

 

臨海スポーツセンター壮行会にて

 (写真もブースポブログより)


「勇気づけられている」
壮行会でのあいさつ
「このリンクは数え切れないたくさんの方々の温かい思いやご支援で成り立っているリンクです。本当にささいなことかもしれませんが、僕が五輪に行くことで恩返しができたらいいなと思っている。感謝の気持ちとか恩返しをするためにはソチの舞台で最高の演技をすることが必要なので、がんばっています。自分を制する者はより強いとおっしゃっていましたが、僕もまだまだ自分をコントロールしきれていない未熟者。毎日自分に負けちゃいそうな時もあるが、朝6時からみなさんと練習させてもらって、みなさんの頑張りとかを見て、僕も頑張らなきゃな、と勇気づけられています」

僕は決して小さなころから生まれ持った才能を持っているわけではなく、たくさん挫折してきた。今までたくさんの試合で滑ってきましたけど、8割くらい失敗の数々だった。でも、本当に多くの方々に支えられて20年間スケートをやってきたんですけど、その20年の努力が実り幸せです。僕にできたんだから皆さんにもできると思う。ここ臨海スポーツセンターとがんばっていきたいと思う。ソチの生中継は深夜なので、鍋をやると聞きましたが、大西先生といいお肉を差し入れられるよう頑張ります」

ー五輪を初めて意識したのは
「4年前のバンクーバーの時に最終選考の全日本で、僕は第1補欠となったんです。4位で。その時にもうひとつ繰り上がれば代表選手になれる、ということで自分ももしかしたら、と思った。そこからですね。それまでは意識しませんでしたし、考えたこともなかった。そこからの4年間もずっと平坦ではなく、このままじゃダメだという日が続きましたね」

ーきょうの壮行会は
「本当にうれしかった。最近練習もうまくいかなかったし、順調にいかなかった。調子も上がってこず、失敗ばかりして落ち込んで、自分に負けちゃう日々が続いた。自己嫌悪の、反省ばっかりする日々が続いたんですけど、こういう温かい会を開いてくれて、本当に応援してくれているんだなというのが心から伝わりうれしかった。あと出発まで2週間しかないですけど、一日一日自分に負けそうな時はきょうのみんなの笑顔だったり応援してくれている姿を思い出して自分に負けないようにしなきゃな、と改めて決意しました。つらい中やってきて自分に負けそうで“きょうは練習したくない”という日もあるけど、あんな小さな子達が朝早くから来て、頑張っているから自分も負けられないという気になれる。きょうも応援してもらったけど僕がみんなに何かをしているわけではなく、みんなが僕を応援し、支えてくれている。今後、みんなのためにできること、貢献できることを模索しながら、恩返しをしていこうという思いが強い」

ー子ども達から話しかけられることは
「ルックスがガキなのでよく話かけられますよ。話が合います。みんな素敵なコーチがいるので、技術指導はしません。“まちだくん”と呼ばれています」

ー臨海で一番心に残っていることは
「きょうのあの瞬間が、会のことが心に残りました。このリンクほど多くの方の支援で成り立っているリンクは、日本中どこにもない。僕が五輪に出ることはささいなことかもしれないが、恩返しになる。五輪や世界選手権の舞台で、いい演技をしていい成績を残すことで、感謝の気持ちが伝わると思う。そういう方々の思いがなければ、今の僕はありえない。感謝の気持ちで立ちたいと思う」

ー自分を奮い立たせるためにしていることは
「ソチを念頭に置いた場合、ライバル同士のやるかやられるかの真剣勝負だと思っている。僕はやられるのか、やられたいのかと思って、いや、ぼくはやる方に回りたい。そういう思いだけです」

ー一番心が折れそうになった時は?
「やっぱり全日本の時です。体が動ける状態ではなかったし、靴も右だけダメな状態だったので。正直あきらめかけていた。全日本まで20年間つらかったけど、2013年1年は全日本まで本当に過酷だった。耐えてきたのは全日本で勝って出場権を得るため。せっかくここまで過酷なことに耐えてきたのに今ここで、もう少しのところであきらめるのか?絶対にだめだと自分にいい聞かせて最後までやってやる、とう気持ちでやってきた。無我夢中の状態だった。本当に体が動ける状態じゃなかった。命がけだった


「歯車を合わせていく」
ーうまくいかないという発言があったが
「毎日いろいろあるわけですけど…。調子悪いというか、コンディションがまだ万全ではない。そのたびに自分に腹が立つ。練習やめたいなとかつらいとか、もやもやした気持ちになるけど…。みんなの頑張りだったり、こうやって応援してもらっていて、そういう時にでもしっかり自分に負けずに、こういう時こそどれだけ努力できるかと思う。臨海スポーツセンターがなければ今の自分はない。ソチの出場権も得られていないと断言できます」

ー調子が悪いのはジャンプですか
「特にジャンプが不安定です。スケートはジャンプ、ステップ、スピン、いろんなスケーティングとかいろんな歯車がかみ合ってひとつの作品になっている。何かひとつが狂ってくると、プログラム自体のコンディション悪くなる。いまそういう感じですが、ソチまでに絶対間に合わせます。どんどん歯車を合わせて、ひとつの作品に仕上げていきたい。これは僕だけに限った話ではない。どこかに不安があると、プログラム自体のコンディションが悪くなっていく。フィギュアはそれだけ繊細な競技

ーソチまでにどんなストーリーを描いているか
「ソチは最初で最後の五輪。人生一度きりの舞台。絶対に後悔したくないし、堪能したい。フィギュアだけではなく他競技のトップアスリートも集結する貴重な経験の場。いい演技をしていい成績をかっぱらって、自分の学ぶべきことをすべて学んでできることはすべてやって帰りたい。欲張りです

ー五輪までのスケジュールは
「ここ(臨海)で腰を落ち着かせて、毎日練習して出発します。毎日5時に起きて、朝練して、あとは昼か夜に3〜4時間ですかね…」

ー靴へのこだわりは
「靴の軽量化が進んで、みんな軽い靴へと行くんですけど、軽い靴は一概にベストではない。その人に合った靴の重さなり、ブランドがある。僕にとって小杉スケートの靴とエッジが一番。ハンドメイドだから安心感がある。エンジニアも一流なので安心してゆだねています」

ー重さが競技に影響が出てくる?
「これから研究していくべき分野。軽いと力やいろんなポジションはとりやすいが、ジャンプになってくると軽いことが一概にいいのかと言われるとそうとも言えない。遠心力とか振り子の力もあって跳んでいる部分もあるので、一概に軽さがジャンプの向上につながるかといえばそれは謎だと思う。スパイラルにも負担がかかるしより簡単に持続時間が長くできるので、美を追求するには軽い靴がいいかなと思う。僕も来年からは軽い靴を視野に入れていきたい」

ー臨海のリンク環境は
「僕は小さな頃からジプシーをやっていて、広島のリンクは半年しかやっていないリンクだった。岡山とか山口とか福岡とか島根とか…。車に2時間かけて往復4時間ですよね。それで練習時間は1時間で、学校終わってから行くので、帰りは夜12時過ぎることがある。大変な思いをしてきた。それだけにリンクのあるありがたさは誰よりも分かっているつもりです。アメリカの環境は整っていて、育成するためのリンクはあるので、環境はいいと思う。ただ、良すぎて依存することがけっこうあるし、異文化のストレスだったり一概には言えない。いろいろ経験してきてここに帰ってきて本当にいろんなことがあって、いろいろな思いがつまったリンク。危機を乗り越えたリンクだからこそ気が引き締まる。これほどいい環境はないと思う。どのリンクに携わる人も五輪選手を出したいという思いは当然。そんな思いに貢献できたことは光栄。あとは出場するだけでなく、求められる演技や結果を出したいと思う」
                         【終】


本当にまっちーの意気込みや姿勢を見ていると、
私はこんな風に何もせずぐーたら生きていていいのかと、猛省させられます。
ちょっと自分の生活を見直してみよう。うん。

全日本の時が一番つらかったとありますが
彼は全日本の2日前くらいに本当に倒れまして、病院に運ばれました。
その時の記事(抜粋)↓
『「今季7戦目でハードだったと思う。(大会前に)全身がむくんで倒れて動かなくなり、病院に行ったら極度の疲れと言われた。それくらい練習した」(秦安曇コーチ)状態となった。大西勝敬コーチも「大会前は疲労で血行が悪くなり、脚も上げられない状態だった。滑ることも回ることもできず、氷の上で涙を流していた。よくやったと思う」というほどだった。』(スポニチアネックス)
本当に命をかけて勝ち取ったソチ五輪。
あと2週間、精一杯練習して、ソチでは存分に演技をし、たくさんのことを学んできてほしいと思います。




 
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